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イラストレーション/村上めぐみ
第11回(ガジラ通信 vol16掲載)
『アイリッシュマン』
監督/マーティン・スコセッシ
出演/ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ
ライター 黒住光さん

1963年岡山県生まれ。映画『まほろ駅前狂騒曲』、テレビアニメ『クレヨンしんちゃん』等の脚本を手がける。脚本に参加したアニメ『恐竜少女ガウ子』もNetflixで好評配信中。

 Netflixで絶賛配信中の『アイリッシュマン』を見た。凄かった。ロバート・デ・ニーロとジョー・ペシとアル・パチーノ共演でマーティン・スコセッシが撮るギャング映画だなんて、マジかよ。1970年代の映画を見て育った世代にとっては、まるで巨大なクリスマスプレゼントをもらったみたいだ。

 ネット配信という新しい映像体験の場に踏み出し、CGでデ・ニーロたちを若返らせるという最先端の技術も駆使した、スコセッシの野心的なチャレンジ作品。なのだが、その手触りは20世紀の映画そのものだった。コッポラの『ゴッドファーザー』の顔役パチーノ。スコセッシ組で『グッド・フェローズ』で火花を散らしたデ・ニーロとジョー・ペシ。彼らが一堂に介した、20世紀アメリカのマフィア映画の集大成である。『タクシードライバー』や『レイジング・ブル』を思い出すようなスコセッシ流ショットも満載だ。

 映画ってこういうものだったよなあと、つくづく思う。あの頃、ガキだった俺たちが映画に夢中になったのは、そこに大人の世界があったからだ。誰かの頭の中でこさえられたちっぽけなファンタジーじゃない。ありきたりで既成のファンタジーの設定要素を、ちょこちょこっと自分好みに組み替えた程度のアレンジセンスを「世界観」などと呼んでくれるな。我々が生きているこの世界をどう観るかが「世界観」なんだよ。アメリカのマフィア社会の現実なんて、岡山の田舎の中学生に何も関係なんかあるはずはないのだが、それを見ることで俺たちは大人を学び、世界を知った。映画を見ることは勉強だった。

 3時間半の長尺の『アイリッシュマン』は一度見ただけでは人物相関図も整理できなかった。この先何度も見返すことになるだろう。年老いたデ・ニーロとスコセッシは、人生終盤を迎えた人間の姿をここで教えてくれている。この先に待っている人生の長い冬休みの、これは大きな宿題のような映画でもある。