MY RIGHT HAND WITH G 『右手がGの男』
『モーガン』

 「男」はまっすぐ専務に顔を向けたまま、おもむろにシャツのポケットに引っ掛けていたレイバンのサングラスをかけた。専務は目を逸らさない。まばたきもしない。ふたりの間に横たわる深い沈黙が周囲の音という音を呑み込んだ。
「47万3000」
 唐突に男が言うと、今度はオレの方に向き直り、濃いレンズの奥から値踏みするような視線を向ける。
「250」
 言って、男はふんと鼻を鳴らした。
「なになに? さっきからなにわけのわからない数字を並べて−−−−」
「ブラザー、これはただのレイバンじゃないんだよ」
 サングラスをはずしながら男は言葉を継ぐ。
「奴らは<スカウター>と呼んでいる。レンズの内側に、相手の戦闘能力を数値化して表示する最新ガジェットだ」
「え、マジで? ちょっと貸してよ」
「冗談だ」
「は……?」
「ヘイ、ブラザー、日本人なのに『ドラゴンボール』を知らないのか?」
 男の向こうで専務の笑い声がした。同時に男が太い声で笑いはじめ、くるりと専務に向き直った。
「何年ぶりかな、ヒロ」
「十年だよ、モーガン」
 ふたりはかたく手を握った。すぐさま専務がオレを見て言った。
「紹介します、モーガン・ワシントン。ドッグスヴィル社の設計技師です」
「圧砕機の設計主任をやってる」
「ドッグスヴィルって、あの−−−−」
「見たことがあるだろう? 油圧ショベルのイエローのボディに『DOG』ってロゴが入ったやつだ」
 いやいや、そうじゃなくって、ドッグスヴィルはジ・アタッチメンツの敵ではなかったか?
「彼はぼくが卒業したテキサス州立大の先輩なんです。一年だけいたドミトリーの主のような人だった」
 いろんな情報が一度に入ってきて混乱していた。しかし、一番知りたいことだけは明白だった。この男が敵か味方か、だ。専務も同じだったようだ。
「キミもブレイカーズのひとりなのかい、モーガン?」
 モーガンはカウンターに向き直り、身振りでビールのおかわりを注文した。
「どうだろう、微妙だな。どっちにしてもオレはプレイヤーじゃない」
「でも、モーガン、なんで−−−−?」
「機械工学に携わっている人間で、キミの親父さんとカタギリが生み出した技術に関心がないやつなんてこの世界にはいない。そう思わないか?」
 ……カタギリ? 誰だ?
「それにうちの会社からあの男を奪還したヒロ、キミだ。一部始終を写したセキュリティのビデオは百万回見た。キミのマグネットは信じられないほどグレイトだった。あんな技術を目の当たりにして、傍観者でいられるものか」
「うん……そうか。ブレイカーズにはキミのような技術者がほかにも?」
「いいや、あいつら元は出入りの業社の雇われ労働者だ。共通言語はスパニッシュだよ。目当てはみんな報酬だ。気のいい奴らだよ。酒とサルサが大好きでな。ムーチョ・グラシャス!」
 唐突に叫ぶと、運ばれてきたばかりのビールを三分の一ほど一気に飲んだ。
「報酬はすべてドッグスヴィルから?」
「そのあたりはよく知らないんだ」
「キミたちの目的はいったい−−−−」
「ヒロ、キミとの友情は大切だが、二重スパイになるつもりもない」
 しばらく沈黙があって、ふいにモーガンがスマートフォンを取り出した。
「ちょっと写真を撮らせてもらっていいか? オレは斥候みたいなものだから、なにかしら土産がいる」
「わかった、どんな写真がいい?」
「もちろんGの写真だ」
「どんなシチュエーションで撮る?」
「あ、もうこれでいい」
 そう言って、モーガンは大きなカラダをこちらに預けるようにしてオレとのツーショットを自撮りした。思わずオレは左手で遠慮気味なピースサインを出してしまった。
「インスタにアップしていいか?」
「またインスタ!」
「そのままはダメだ、顔がわからないように加工してくれ」
 なぜに専務が言う?
「じゃあ、ヒロ、ブラザー」
 そう言ってモーガンは残りのビールを飲み干した。
「またな、アディオス・アミーゴ!」
 モーガンは大きな背中を見せ、深夜のロイホを後にした。彼が去った後、緊張からかどっと疲れが押し寄せた。それでも専務には聞かなければならないことが山とあった。だが、専務は「時間がありませんよ」とだけ言い残し、モーガンの後を追うようにして店を出てしまった。
 そして翌日の朝、オレはついに長船へと向かった。そこでなにが待っているかもまったく知らずに。

*『ガジラ通信』本誌に掲載したものに一部加筆・修正しています。なお、本作品はフィクションです。登場する企業「タグチ工業」は実在しますが、部署名、人物名、人物のキャラクターのだいたいは創作です。