MY RIGHT HAND WITH G 『右手がGの男』
『緒戦』

 不思議な感覚だった。四日前の出来事は、ついさっきのようであり、三年前のようでもあり。強烈に焼きついてはいるが、リアリティがなさすぎる。「腕と同化するアタッチメントの開発」だとか「敵はブレイカーズを率いるクラッシャー」だとか。しまいには「キミたちでテロを阻止するのだあ!」だから。そんなことよりなにより、オレが知りたいのは何故オレなのかだ。何故にオレがこの少年マンガのような騒動に巻き込まれたのだ?
 あの日、部屋を去ろうとする社長の背中に言葉を投げかけた。
「なんでオレだったんですか?」
 社長が足を止め、ゆっくりと振り向いた。同時に長男のマグ・ゴン専務とグラスパー萌絵子も振り向く。困りきったような表情で社長が言った。
「ああ、それはキミ自身が一番よく知っているはずなんだけどねえ」
 うん? オレが知っている? ……え?
「も、もしや……おとう……さん?」
 一瞬の煮詰めたような沈黙。そして三人同時に肩を崩し、脱力を露わにした。
「なんでそうなるのよ?」
 萌絵子がゴミくずを投げ捨てるかのように言った。
「いや、社長の子供くくりだったりするのかなあって……」
「年齢的にこっちじゃないでしょ。どっちかっていうと、アンタ、お父さんの側じゃない!」
 オタク女子に罵られるのは案外キツいものだとそのとき悟った。それ以上、言葉を継ぐことができないオレをあっさり見放すように、彼らは部屋を出ていった。部屋を出る直前、社長がもう一度振り返り、厳しい口調で言った。
「すぐに長船に行きなさい。瀬戸内市の長船です。できるだけ早くですよ!」
 あれから四日。オレは長船には行かず、家にこもってアメリカのテレビドラマ(禁酒法時代のギャングもの)をひたすら見続けた。睡眠と食事さえ惜しんでシリーズ5まで全部見終えた。さすがに疲労がピークだった。夜の十時過ぎ、オレはまともな食事にあずかろうと、右腕にコートをひっかけて近所のロイヤルホストに行った。いつものカウンター席の端に座って、やりいかのフリットと食いしんぼうのシェフサラダを注文した。もちろん生ビールも一緒に。八剣伝にはひとりで飲みに行けないが、ロイヤルホストのカウンターなら気兼ねがない。つまみも結構いけるしで、ときどきやるのだ、ロイホでひとり飲み。
 店に入ったときから気づいていた。カウンター席の反対側の端で、黒人がひとりでビールを飲んでいた。もう随分飲んでいるようで、両肘をべたっとカウンターにつけ、英語らしき外国語で長い独り言を口にしていた。なにを言っているのかはわからない。英語はもちろんさっぱりできない。
 ビールを5杯ほど飲んだ頃にそれは起こった。呪詛のように聞こえていた男の独り言が、突然理解できるようになったのだ。男は時折汚い言葉を交えて、自分の人生を愚痴り、仲間をなじっていた。所詮、オレは使い捨てのコマだとか、なんでオレだけ仕事なんだとか。そして「いったいぜんたい、なんでこうなったんだ!」と何度か叫んではカウンターを拳で叩いた。
「あんたもそうか。オレも同じだ。なんでこうなったんだろうな?」
 こいつは驚いた。オレが英語で話しかけていた。しかもまったく淀みなく。男はとろんとした目でオレを見た。
「英語が話せるのか、ブラザー?」
「奇跡的にそのようだな」               
「ヨー、こいつはたまげた。英語が話せる日本人に初めて会ったぜ」
 男は空のグラスを手に立ち上がり、100kgはあろうかという巨体を揺らしながらオレの隣に席を移した。
「ブラザーはローカルかい?」
「ああ。アンタ、ここには仕事で?」
「仕事のはずなんだが、一緒に来た仲間はみんな観光してる。いまごろはファッキン・キョートだよ。オレだけこんなところにやってな。ファック!」
 男の言葉は汚く、たしかに泥酔しているようではあった。しかし、近くで見ると目や表情は冷たいほどに冴えている。それに、隣に座った瞬間から感じるヒリヒリするような圧迫感。なんだ、この男は?
 そのときだった。突然、専務のマグ・ゴン博章が現れ、無言で男の隣に腰を下ろした。酔った口調でだらだらと喋り続けていた男が、ピタリと口を閉じ、専務と目を合わせた。専務はうっすら笑みを浮かべていたが、つぶらな目の端には尋常でない鋭い光があった。

*『ガジラ通信』本誌に掲載したものに一部加筆・修正しています。なお、本作品はフィクションです。登場する企業「タグチ工業」は実在しますが、部署名、人物名、人物のキャラクターのだいたいは創作です。