MY RIGHT HAND WITH G 『右手がGの男』
『クラッシャー』

 巻き毛の子犬を拾った。段ボール箱のなかで猫のような声で鳴いていた。自分の部屋でこっそり飼おうと家に連れ帰った。翌日、学校から帰ると部屋に子犬の姿がなかった。何年も経ってわかった。あれは母が捨てたのだ。母さん、あの巻き毛の子犬、どこにやったのでしょうね−−−−。
「こんなヤツ、頼りにならない」
 女の声がした。若い女の声……。
「こんなに簡単に気絶する?」
「……うるさいな、気絶、してない」
「イビキかいてたし」
「仮眠だ……眠眠打破!」。
 叫びながらソファからカラダを起こした。目の前に田口ファミリーが立っていた。田口社長、専務で長男の博章、三女の萌絵子。博章と萌絵子の左手には、濃いオレンジのグラスパーと巨大な馬蹄のようなマグ・ゴンがあった。そしてオレの右手……。オレはひとつ深いため息をついてから、つとめて静かな声で言った。
「そろそろ、肝心のところの話を聞かせてもらえませんか?」
 田口社長が無言で頷いた。「じゃあ私から説明しましょう」と言って、アルミニウムの椅子を引き寄せ、座った。
「話はいまから3年前の2017年にさかのぼります」
 タグチ工業はJAXA との共同研究で超軽量アームの開発に成功した。その成果に密かに注目していたのが消防庁だった。翌18年、救助活動のための超軽量小型アタッチメントの研究開発を打診された。常々、アタッチメントを人命救助に役立てたいと考えていた田口社長は快諾。消防庁を管轄する総務省に国土交通省も加わってのプロジェクトがスタートした。後にノーベル賞候補にも挙げられる京都大学の量子力学の教授が参加したことで研究は飛躍的に進歩した。当初想定していた装着型ではなく、腕と同化するアタッチメントが実現しようとしていた。ところが研究がスタートして1年後、プロジェクトの解散が告げられる。他国にこの技術が漏れると兵器化される恐れがあるという理由で、当時の政府から直接打ち切りの指示があった。
「志願して実験台になっていた男がいましてね。名前は倉橋という、うちの設計の社員です。優秀な人間で、正義感も強かった。それだけに裏切られたと感じたんだね。突如行方不明になってしまった。半年ほどして、彼がアメリカに渡ったことがわかったんです」
 倉橋はアメリカの大手建機メーカー<ドッグスヴィル>社に役員として迎えられていた。しかし、倉橋は19年の暮れに退社していた。同時に同社の社員10名が辞職している。CIAは倉橋の動向に注視していたが、ほとんどなにも掴めていなかった。それが今年2020年になって明らかになった。
「一緒に退社した10名は手にブレーカーを同化させている。彼らのチーム名は<ブレーカーズ>。率いているのは倉橋、<クラッシャー>です」
「くらっしゃー?」
 ガジラには大きく分けて二種ある。破砕を目的とした破砕機「クラッシャー」と、鉄筋や鉄骨の切断を目的とした切断機「カッター」である。
「そう。もうおわかりだね、倉橋の<クラッシャー>に対して、キミのガジラは<カッター>というわけです」
「というわけです、って……」
「ガジラでガジラを制する。つまりはそういうことです」
 社長の言葉に気分が激しく高揚するのを感じた。これ、全然悪くないんだけど。
「彼らの目的はこの夏の東京オリンピックへのテロです。それを阻止するのが<ジ・アタッチメンツ>です!」
「あ、社長、質問いいですか?」
「はい、どうぞ」
「CIAも掴めなかったのに、いったい誰がそのあたりの情報を?」
「<YouTube>です」
「それまた意外な……」
「ちょこちょこ公開しています。まだ再生回数はしれてますが」
 そのときである。部屋にけたたましくアラーム音が鳴り響いた。同時に田口社長の携帯に電話が入った。社長は「わかった」とだけ言って電話を切った。
「大変申し訳ないが、今日はここまでということで。ね?」
 部屋の空気がヒリヒリするほど張りつめていた。あきらかに緊急事態だった。
「いったいなにかあったんですか?」
「どうやら<クラッシャー>たちが日本に入国したようです」
 萌絵子と専務が顔を見合わせた。
「なんでわかったんですか?」
「インスタグラムです。クラッシャーのインスタに浅草の雷門の写真が上がっていた」
「イ、 インスタやってるんですか……」

*『ガジラ通信』本誌に掲載したものに一部加筆・修正しています。なお、本作品はフィクションです。登場する企業「タグチ工業」は実在しますが、部署名、人物名、人物のキャラクターのだいたいは創作です。